「院長の独り言」年度別
2025年1月~6月の「院長の独り言」
- ツボ(2025年6月)
- 扁鵲(2025年5月)
- 『中国医学の誕生』(加納喜光著、東京大学出版会)(2025年4月)
- 四診~望聞問切~(2025年3月)
- 難経腹診の五臓の配当について(2025年2月)
- 2025年年始のご挨拶(2025年1月)
ツボ(2025年6月)
今回はツボについて
ツボが何なのかというのは、けっこう難しい問題なのですが、一応「ツボは病の反応が出る場所であり、診断点であり、治療点である」と一般的に定義されています。
歴史的な大まかな流れをみてみると
『医心方』(丹波康頼著 平安時代)
〇肺兪二穴:第三椎の下の両旁、各一寸半に在り。刺入るること三分。留むること七呼。灸は三壮。足の太陽、膀胱。
肺、寒熱にて呼吸得ず。臥すればしわぶきし、上気し、沫を嘔き、喘気、胸満し、脊急り、食を嗜まず、背強ばり目反り、盲見し、瘛瘲にして、泣出で、死して人知らざる、を主る。
『鍼灸大成』(楊継州著 中国、明の時代)
〇痰喘咳嗽門
咳嗽:列缺、経渠、尺沢、魚際、小沢、前谷、三里、解谿、崑崙、肺兪、膻中
『療治之大概集』(杉山和一著 江戸時代)
〇咳嗽:天突、肺兪、下脘、上脘、不容、章門、百会
以上のように、〇〇の病には〇〇のツボというように主治穴として発展した流れが一つあります。
次に要穴という考えがあります。
要穴は五行穴、五兪穴、絡穴、郄穴、募穴、背部兪穴、八会穴、四総穴などがあります。
ここでは五行穴、五兪穴を説明します。
五行穴は木穴、火穴、土穴、金穴、水穴です。
五兪穴は井穴(心下満を主る)縈穴(心熱を主る)兪穴(体重節痛を主る)経穴(喘咳寒熱)合穴(逆気而泄)となります。
例えば咳であれば五兪穴の経穴であるとか、五行穴の金穴(肺は金なので)を使うのも一つの方法です。
また、難経の69難の「虚すればその母を補え」で太淵、太白などの土穴を使うのも一つの方法です。
このように要穴というのはある程度理論化されたものと考えることが出来ます。
次に穴性という考え方があります。
これは中医学の考え方になりますが、ツボにどういう働きがあるかを当てはめたものです。
例えば足三里や中脘などには補気作用のあるとするものです。
なので、例えば気虚によって何らかの症状が起こっている場合、気を補う治療を行います。
漢方薬では六君子湯や補中益気湯などが補気の働きがあります。
鍼灸では足三里や中脘など補気の働きのあるツボを使うこととなります。
中医学の考え方では理論的にかなりスッキリしたものになっています。
その他では西洋医学、特に解剖学の知見からツボを理解しよという考えもあります。
最近ではファシア、筋膜が注目されています。
また、電気抵抗の違いに注目したツボの考えかたもあります。
今後もいろいろなツボの捉え方、解釈が出てくると思います。
それは楽しみでもあります。
扁鵲(2025年5月)
中国の伝説の名医は、岐伯、扁鵲、華佗など色々いますが、今回は扁鵲について。
扁鵲は耆婆扁鵲という言葉があるようにインドの耆婆と並び称されています。
古い石刻では鳥の姿をしています。
中国の戦国時代の鄭の人、姓は秦、名は越人、名医として知られ扁鵲と呼ばれたとされています。
『史記』に伝説的な話が載っています。
〇長桑君という仙人にもらった薬を飲んで人の体の中を透視できるようになった。
〇虢の太子が死んだのを蘇らせた。
〇斉の桓候に病だからと幾度も治療を勧めるも桓候は自分が病気だと思わず断り、扁鵲が去った後に亡くなった。
扁鵲は遍歴医だったようで黄河流域に広範囲に扁鵲を祭った薬王廟があります。
何故扁鵲という呼称になったのかは分かりませんが、鵲はカササギで、めでたい知らせを告げる鳥とされています。
また、人面鳥身の神像の石刻に山鵲の文字が刻まれているのがあり、山鵲はカササギに似た鳥だそうです。
山鵲は別名鷽といい未来を知る鳥だそうです。
いづれにしても扁鵲にふさわしいように思います。
『中国医学の誕生』(2025年4月)
中国医学がいつ誕生したのか、はとても難しい問題で学者によって色んな説があるようです。
本書『中国医学の誕生』(加納喜光著、東京大学出版会)では幅広く中国春秋戦国時代から秦漢にかけて誕生したとしています。
こまかくいうと、春秋戦国から前漢までを医学思想の形成期、後漢を医学古典の成立期と仮説をたてています。
本書では中国医学が形成されるまで、巫医、秦医、斉医の3つの流れがあったとしています。
一つ目の巫医はいわゆるシャーマンによる治療です。中国に限らず世界のどこの文化圏でも最初の治療行為はシャーマンによる治療とされるわけですが、正統な中国医学ができると異端として正統な医学からは追い出されます。
しかし一部は祝由や呪禁、仏教や道教の中に残ります。
近代になると気功として中国医学の一部として組み込まれます。
二つ目の秦医は春秋戦国から秦にかけて西方の影響を受けた宮廷医です。
中国医学は基本的には内科学であり、外科は皮膚表面のおできなど化膿したものを切開する程度でしたが、インドやペルシャなどでは外科学が発達しており体内の異物を除去することも行われていました。そのインドやペルシャの外科学を身に着けた医者が秦医ですが、中国医学の中には組み込まれず、伝説的な外科治療の話が伝わるのみです。
三つ目の斉医は新しい治療法、鍼術を引っさげて登場した遍歴医です。
この斉医のグループは新しい医術と理論を開き、その中の一人(及び弟子たち)は諸方を遍歴して驚異的な医療活動を行い、人々からシンボリックな鳥の名をもって呼ばれ治癒神に祭り上げられた。
それが中国医学の祖である扁鵲である、としています。
事実、中国医学のバイブル的な存在である『黄帝内経』は『素問』と『霊枢』に分かれますが、大まかにいうと『素問』は生理学・病理学を述べ、『霊枢』は鍼について述べています。
極論すれば中国医学は鍼によって、鍼の理論によって作られたと言っても、過言ではないと思います。
鍼による治療は中国医学の成立から現在まで続きますが、残念ながら中国医学の中に占める鍼の地位は歴史の経過のなかでメインではなく、わきに追いやられて、漢方薬が中国医学のメインになります。
四診~望聞問切~(2025年3月)
東洋医学の診察法を四診といいます。
四診は望診、聞診、問診、切診の四つをいいます。
簡単に説明すると、
望診は西洋医学の視診に相当するもので、患者さんの舌や顔面、体全体の状態を目で観察するものです。
聞診は聴覚と嗅覚によるもので、患者さんの呼吸音、話し方、セキの音、体臭、口臭などを観察します。
問診は様々な身体の状態を質問して患者さんの情報を集めるものです。
切診は触覚によるもので、脈診や腹診、背中や手足のツボなどを観察します。
望、聞、問、切の四つを漢和辞典で漢字を調べると、
聞は、「扉を閉じて中がよく分からない、へだたりを通して耳に入る」というものです。イメージ的には壁に耳を当てて中の音を集中して聞いている感じでしょうか。
問は、「扉を閉じて中がよく分からない、口で探り出す」というものです。イメージ的には例えば、閉じた扉の向こうで大きな音がして、「今音したけどどうしたの?」などと色々質問して中の様子を知ろうとする感じでしょうか。
切は、「刃物をピタッと切り口に当てる」というもので、脈診なりツボを診るときに指を皮膚にピタッと当てるところからこの漢字が使われたと思います。
それぞれその漢字が使われた理由が直ぐに分かる気がするのですが、問題は望という漢字です。
「みる」という意味の漢字は、見る、診る、観る、視るなど沢山あります。
その中でなぜ望という字が使われるのか?
望は、「人が伸びあがって遠くの月をまちのぞむ」です。
つまり望は基本的に遠くを見るときに使われる漢字です。
話は少し脱線しますが、私はあまり美術館には行かないのですが、それでもたまに行くと、美術に詳しそうな人が絵画を観るのに近づいて観たり、少し離れて観たりを繰り返しているのを見かけたりします。
昔の人が望という字を使ったのはこういうことなのではないか、と思います。
「木を見て森を見ず」ということわざがありますが、全体を見ることの大事さ、もちろん「森を見て木を見ず」になってはいけませんが、細部(部分)と全体、両方診ることの大事さを望という漢字が教えてくれているように思います。
難経腹診の五臓の配当について(2025年2月)
腹診は中国や韓国ではあまり発達せず、日本において大きく発達しました。
腹診には漢方薬的な診方、『難経』的な診方、募穴(腹部にある五臓六腑を代表するツボ)による診方、夢分流という独特な診方などいろいろな診方があります。
今回は難経腹診の五臓の配当について、ちょっと脱線した話をします。
難経腹診の五臓の配当は、心下(心窩部)で心の臓を診る、大腹(胃カン部)で脾の臓を診る、右脇下で肺の臓を診る、左脇下で肝の臓を診る、小腹(臍下)で腎の臓を診ます。
これは鍼灸学校で、当たり前に暗記させられるものですが、私はこれに疑問を抱いていました。
現在は扁鵲の正解と一致するかどうか分かりませんが、自分なりの答えを持っています。
その当時の疑問はこうです、『難経』の一つの大きなテーマはマクロコスモスとミクロコスモスが相関しているということです。
自然と人間が相関している、中医学用語では天人相関といいます。
なので、『難経』では季節によって脈が変化するというようなことも書かれているわけです。
マクロコスモス(自然)とミクロコスモス(人間)の関係を『難経』では陰陽五行で説明しています。
心は火で南、脾は土で中央、腎は水で北、肺は金で西、肝は木で東です。
これをお腹に方位として当てはめると、心下が南、大腹が中央、小腹が北、右脇下が西、左脇下が東となります。
これは実際の方位と比較すると鏡像になっている、つまり上下は一致するけれども、左右は反対になっています。
実際の方位とお腹の方位が一致しないのは間違っていると考えていました。
私なりの答えを述べてしまうと、犬も馬も動物は四つ足です。
人間は直立していますが、動物でもあるので四つ足、うつ伏せが正常な姿勢と考えるとお腹の方位と実際の方位が一致します。
当たり前として暗記しているような知識もその背後にある理論的な背景などを改めて考えてみるのも大事なことだと思います。
2025年年始のご挨拶(2025年1月)
あけましておめでとうございます。
本年も無事にお正月を迎えることができました。
これもひとえに太玄堂鍼灸院を応援してくださる家族、友人そして患者の皆様のお蔭だと思っております。
昨今は地政学的問題や気候変動の問題などで、今まで当たり前に享受できたものが、当たり前では無い不安な時代になろうとしています。
患者の皆様の体だけではなく、気持ちの面でも少しでも健やかに過ごせるよう日々精進したいと思います。
本年も皆様にとって良い年でありますよう、心よりお祈りいたします。
2025年1月1日
太玄堂鍼灸院 福田毅

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